目次
訳者解説
1.はじめに:過激化につながりかねない誤報の拡散
2.発端となったWi Spaでのトラブル(2021年6月24日)
3.抗議活動の計画が進められる(6月27日~30日)
4.誤報の被害を受けたトランスジェンダーの女性(7月1日~)
5.抗議活動当日の様子はどのように伝えられたか(7月3日~)
6.おわりに:誤報に立ち向かうために
訳注
訳者解説
2021年6月末、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス市の韓国式スパ(温浴施設)「Wi Spa」でのトラブルが発端となって、英語圏のソーシャル・メディア上では、トランスジェンダーの女性をターゲットにした誤報(misinformation。間違いが意図的に作られたものである場合は、特に「ニセ情報 disinformation」と呼ばれる)が急速に広まりました。この誤報は、7月3日にWi Spa周辺での抗議活動の引き金となり、現在はこの抗議活動をめぐってさらなる誤報がやはり拡散されています。
この記事は、Wi Spaをめぐる一連の経過について時系列による整理・分析を試みたエミリー・モロさん(Emily Moro)の記事 ‘Right wing and gender critical disinformation sparks anti-trans protest and abuse’ (TransSafety.Network, 5 July 2021)の全文を日本語に訳したうえで、原著者であるエミリーさんの許可を得て新たにセクション分けを施し、訳者の判断で表現の補足と訳注を加えたものです。
文意を補うための表現を補足した箇所は、〔〕で括って示します。原注はすべてリンクであるため、文中に埋め込む形式に置き換えました。訳出と解説にあたって確認したリンクの最終確認日は、すべて2021年7月10日です。
日本でも、お茶の水女子大学がトランスジェンダーの学生の受け入れが可能になるよう入学要件を変更すると発表した2018年7月以来、ソーシャル・メディア上を中心に、トランスジェンダーの女性をターゲットにしたヘイトスピーチや誤報がたくさん広められてきました。ヘイトスピーチや誤報の発信者たちの典型的な主張のひとつは、いわゆる「セルフID」反対論として知られています。かれらは、みずからの主張を裏付けるための「証拠」として、さもなくばトランスジェンダーの多様な生活経験や声を単純化し無視するための口実として、国内外で発生したさまざまな事件やその犯人とされる人物についての誤報を利用してきました [訳注①]。今回のWi Spaをめぐる一連の事件も、これまでと同様に好都合な「証拠」や口実として扱われており、事件に関する誤報は拡散されつつあります。
エミリーさんのこの記事は、ソーシャル・メディア上での誤報を伝える実際の投稿を豊富に収集し、誤報が生まれるプロセスを具体的に検証しています。誤報の発信者のなかでも「ジェンダー・クリティカル」を自称する人びとは、自分たちは極右の言動や考えとは無関係に、「sex(生物学的性別)」という現実を無視して「(トランスジェンダーを除く)女性」の権利を侵害しかねない「セルフID」の推進に反対しているだけだと弁解するケースが少なくありません [訳注②]。ですがWi Spaをめぐる誤報の拡散の経過からは、「ジェンダー・クリティカル」の人びとと極右勢力が、おたがいを情報源としてエピソードやストーリーを共有しながら、誤報を通じて暴力的な活動を正当化してゆくプロセスが、ありありとわかります。この記事は、Wi Spaをめぐる一連の騒動そのものについてはもちろん、トランスジェンダーをターゲットにした誤報が広められるプロセス全般について考えるための、重要なヒントをあたえてくれるはずです。現在までに公開されている英文の関連記事として、大手のWashington Postによる記事のほか、ロサンゼルスのLGBTニュース提供サイトLos Angels Bladeによる報道や、オンライン上のデマや誤報に関する情報提供サイトTruth or Fictionによる検証などにも目を通すと、さらに理解が深まるでしょう。オンライン・マガジンSlate掲載の記事には、マサキチトセさんによる日本語訳もありますので、あわせて参照してください。
この記事の原文が掲載されているのは、トランスジェンダーに敵対的なさまざまな動向に関するデータ収集と実態の究明を目指して運営されているウェブサイト「TransSafety.Network」(TSN)です。本サイトの「リンク集(英語圏)」のページでも、今回の記事を公開するまでに、TSNの記事を2点紹介しています。著者のエミリーさんは、データサイエンスを専門にしており、これまでもTSNのメンバーとしてオンライン上の誤報を分析した記事を複数公開してきました。
最後に、日本語訳の公開を快諾・歓迎してくださったエミリーさん、短期間にもかかわらず翻訳上のアドバイスをくださった匿名の協力者の皆様に、この場を借りて感謝申し上げます。(2021年7月12日。公開後、ページ内リンクの不具合と、「6.おわりに」のセクションのミスを修正しました)
1.はじめに:過激化につながりかねない誤報の拡散
〔2021年〕6月末にロサンゼルスの韓国式スパ [訳注③] で撮影されたビデオがきっかけとなって、トランスジェンダーの包摂(trans inclusivity)に反対する右翼の抗議活動が起こり、抗議活動の参加者たちとそれに対抗しようとする人たちとの間で、暴力的な衝突が生じるに至りました。そのあいだ、〔後述する様々なソーシャル・メディア上の〕右翼のアカウントと「ジェンダー・クリティカル」を標榜するアカウントが結託して、とあるトランスジェンダーの女性をターゲットにした誤報をシェアし、この女性を探し出してリンチしようとしていたようです。抗議活動の直後から、複数の「ジェンダー・クリティカル」の著名人たちが一面的な情報をシェアし続けていますが、この事実は、情報がシェアされるパターンに、右翼のさらなる過激化につながりかねない憂慮すべき変化が生じたことを示しています。
2.発端となったWi Spaでのトラブル(2021年6月24日)
6月24日、ロサンゼルスのスパ「Wi Spa」で、Instagramユーザーの「cubanaangel」が、女性用更衣室にトランスジェンダーの女性がいるとスパのスタッフを非難し、その様子を撮影した動画をアップロードしました。この動画のなかでの彼女のスタッフに対する訴えは、〔女性用〕更衣室で「男」が露出をしているというものです。別の客がこの女性に近寄って短いやり取りをしますが、彼女はそこで「トランスジェンダーなんてものが存在するわけがない」と断言しています。そのあと女性はその「男」と対決するために録画を回したまま更衣室に戻りますが、動画はそこで途切れます。〔著者がこの記事を執筆した時点で〕この出来事を記録した他の映像はなく、女性が撮影した元の動画での主張を裏付ける他の情報源も現われていません。
このビデオに登場する女性の主張は、要するに、〔女性用〕更衣室に子どもたちの前で性器を露出した「男」がいる、というものです。他の複数の客や子どもたちを巻き込んだ、公然わいせつの深刻な申し立てであるにもかかわらず、事件発生から一週間を経ても、この話を裏付ける人物はだれひとり現われませんでした。
今回の事件には、Wi Spaが裸体での利用を前提とした温浴施設であり、しかもLGBT/クィア・フレンドリーで包摂的な施設として知られていたことが関係しています。Wi Spaは以前にも包摂的な運営方針への苦情を受けていましたが、それは2018年までさかのぼるもので、苦情を寄せた〔旅行情報サイトTripAdvisor上の〕アカウントの投稿はこの〔Wi Spa宛ての〕一件だけでした。Instagram上での事件を受けて、〔レビューサイトの〕Yelpでは一つ星やネガティヴなレビューが相次いで投稿され始めます。さらには、TripAdvisor上のWi Spaのページでも、〔今年〕1月に遡っても一件の投稿しかない(ということは、荒らしである可能性が高い)アカウントから、一つ星のレビューが相次いでいるようです。TransSafety.Networkは、LGBTやクィアに対する包摂的な方針を掲げておられたがために標的となったWi Spaとそのスタッフに連帯の意を表明し、包摂的な空間を維持するとともに包摂性を固く守ってくださっていることに感謝の意を表明します。
3.抗議活動の計画が進められる(6月27日~30日)
アップロードから3日後の6月27日、動画の中でアップロード主の女性と対峙した男性客が、あたかも公然わいせつで非難されているトランスジェンダーの女性であるかのようなストーリーが、ブロガーたちによって提示されます。この男性の姿をブログ記事の画像に入れ込んでおいて、けれどもこれが別人だとははっきり書かずにおいたのです。実際のところ、この人が第三者であることは動画をみれば明白です。動画をアップロードした女性の反応や語り口は、苦情の原因である当人を相手にしているものだとは考えられないからです。
こちらもまた6月27日のことですが、Mumsnet [訳注④]のユーザーたちが、右翼で反フェミニストのブロガーのイアン・マイルズ・チョンがWi Spaでの事件を論じたコンテンツを共有し始めました。
6月29日には、右翼による抗議活動を宣伝するフライヤーが出回り始めました。このフライヤーは、動画をアップロードした女性であるcubanaangelにもシェアされました。
同じく6月29日、Ovarit [訳注⑤]上で、事件を取りあげた〔ニュースサイトの〕DailyDot の記事に反応するスレッドが作成されました。そこでは、Mumsnet上のスレッドでなされた多くの主張や怒りが反復されましたが、やはり他の情報源からの証拠や裏付けは示されませんでした。
6月30日になると、Spinster [訳注⑥] のユーザーたちが、街頭で計画されているカウンター行動の詳細をシェアし始めました。Spinster上のディスカッションでは、ユーザーたちが「ラディカル・フェミニスト」と極右の抗議活動参加者との協力関係について議論しており、なかには衝突の発生を予想している者もいました。とあるユーザーは、バイラル・ビデオがつくられないかと期待しています。カウンター行動の情報を投稿したのと同一のユーザーは、右翼のストーカー・ハラスメントサイトKiwi Farmsを擁護する投稿もしています。
4.誤報の被害を受けたトランスジェンダーの女性(7月1日~)
7月1日には、「weshallpromenade」なるInstagramのアカウント(〔記事執筆時点の〕現在は非公開)が、トランスジェンダーの女性の画像を投稿し、この人物がWi Spaで露出した張本人だと主張しました。この投稿には、この主張を裏付ける証拠は含まれていません。TSNは、この写真に収められたトランスジェンダーの女性にコメントを求めました。彼女はその場にいたことを全面的に否定しました。彼女は自分が標的にされた理由を、抗議運動へのカウンター行動の宣伝をTwitterに投稿したからではないか、〔以前に〕ロサンゼルスでの右翼に対する抗議活動をライブ・ストリーミング配信していたのを知られていたからではないかと考えているとのことです。このInstagramアカウント「weshallpromenade」の所有者は、〔2021年〕1月6日にワシントンDCの国会議事堂で行なわれた暴動 [訳注⑦] に参加していたとされています。
その直後の7月1日から2日にかけて、写真をアップロードされたトランスジェンダーの女性は、InstagramやTwitterで罵倒や殺害の脅迫を受けるようになり、なかには集団で彼女を追い詰めて殺してやるという露骨な脅迫も含まれていました。「ジェンダー・クリティカル」のアイコン [訳注⑧] をつけたTwitterユーザーは、悪事を裏付ける証拠が何ひとつないにもかかわらず、死刑を提案しています。
抗議活動が行なわれた7月3日の数日後には、「ジェンダー・クリティカル」のアカウント群が、このトランスジェンダーの女性がWi Spaにいたと主張するスレッドをTwitterに投稿し、シェアし始めました。このスレッドが典拠にしたのは、もっぱらInstagram上の「weshallpromenade」による投稿であるようです。このスレッドは、このトランスジェンダーの女性のソーシャル・メディアを検証し論評して、彼女に注目を集めて何らかの筋書きを作り上げようとしましたが、彼女の関与を裏付ける証拠をまったく提示できませんでした。このスレッドは、他の「ジェンダー・クリティカル」アカウントにも共有され 、誤報の拡散を促しました。ところがその日のうちに、Twitter上の「ジェンダー・クリティカル」アカウント群は、このトランスジェンダーの女性はWi Spaにいた当人ではなく、カウンター行動を組織した人物だと主張するようになりました。
このトランスジェンダーの女性は、〔スパで露出した人物だという〕告発に遭ったあと、総攻撃に加わったTwitterユーザーに対して皮肉たっぷりのリプライを返したのですが 、これをみたOvaritのユーザーたちは露出の一件への彼女の関与を確信しました。彼女は別の投稿でスパにいたことを明確に否定していたのですが、彼女がスパでの露出に関与していたのだという筋書きのほうが好まれたために、この投稿は無視されてしまいました。
5.抗議活動当日の様子はどのように伝えられたか(7月3日~)
抗議活動中には、右翼の抗議活動参加者が武器を取り出したり、保守派の映像ライブ配信者がいつ銃の使用や実力行使に及ぶのがよかろうかと述べたり、ジャーナリストが「プラウド・ボーイズ」(極右ストリート・ギャング)のメンバーに金属パイプで襲われたりしました。この街頭行動では、右翼のアジテーターとブラック・ブロック [訳注⑨] のカウンター行動隊が何度も衝突し、ロサンゼルス市警によって鎮圧されました。
上半身裸の右翼の抗議活動参加者は、チェーンかビーズ玉でできたロープのようなもので、ある女性を攻撃しましたが、ペットボトルで反撃を受け、地面に倒れて逮捕されました。別の場所では、右翼の抗議活動参加者が「トランスアクティビズムは女性の権利を消し去る」と書かれた看板を持っていましたが 、この看板はカウンター行動参加者に奪い取られ、破り捨てられました 。するとこの人物は、ペッパー・スプレー(ロサンゼルスでは抗議活動に持ち込むのは違法)を取り出し、カウンター行動参加者を攻撃しようとしましたが、急速に数で負かされ、地面に押し倒されました。
右翼の抗議活動参加者の女性が体を切りつけられる被害を受けましたが、これはおそらくプラウド・ボーイズのひとりによる「フレンドリー・ファイア(友軍誤射)」事件だと思われます。ところが、これはただちに、カウンター行動参加者に襲われた事件だということにされてしまいます。さらには、襲撃は抗議活動に参加したトランスジェンダーかアライの仕業だと信じたOvaritユーザーのひとりが事件を「刺傷事件stabbing」と呼んだことで 、事件はますます歪められることになりました。以上の経過が示すのは、誤報が形成・拡散されるのがいかに速いかということであり、とりわけそれが既存の誤報と結びついた場合はなおさら速いということです。
反トランス的な緊張関係は、信じがたいほど憂慮すべき閾値にまで達しています。いまや実際の証拠が何ひとつなくても、悪事があったと断言するInstagramの動画さえあれば、右翼のリンチ集団を呼び出すのに十分なのです。抗議活動の後、イギリスの著名な反トランス派のジャーナリストやオーガナイザーたちは [訳注⑩] 、〔日本における「まとめサイト」に相当する〕極右のキュレーション・サイトからの情報をシェアしてきました。これと並行して、他の「ジェンダー・クリティカル」のアカウントは、右翼のアジテーターであるアンディ・ンゴ(Andy Ngo)からの情報をシェアして、抗議活動は女性たちによる平和的なものだったと主張し、暴力的な右翼のギャングがそこにいたのをなかったことにしようとしています。さらに別の「ジェンダー・クリティカル」のアカウントは、ンゴのようなアジテーターが偏った筋書きを組み立てようとするのを助けようと、直接的な関与に及んでいます。キュレーション・サイトでのまとめを経たバージョンの出来事を右翼の情報源から提示することによって、一面的で過激化をあおるような筋書きを拡散しようとする努力が、現在進行形で一致協力のもと進められているのです。そして、ソーシャル・メディア上の「ジェンダー・クリティカル」アカウントは、反トランス派によるあらゆる暴力を否認するなどして、こうした筋書きの普及に積極的な役目を演じています。
6.おわりに:誤報に立ち向かうために
過激化のパターンがこのように変化しつつあるなかで、極右勢力がかき立てたトランスフォビックな魔女狩りにたいして、シスジェンダーのアライたちが断固として立ち向かうことが、これまで以上に大事になりつつあります。さまざまな出来事についてオルト・ライトやファシストに近いところから出てくる説明には、つねに最大限懐疑的な態度で臨むことが大事です。極右のあいだでは、出来事を捻じ曲げて伝えることが、過激化や勧誘の手段としてよく知られているからです。極右のアジテーターたちは、〔事実に関する説明の〕党派的なバージョンをつくり出し、「ジェンダー・クリティカル」な女性や論点を隠れ蓑にして、罪のないトランスジェンダーの人びとを嫌がらせや恐怖にさらそうとしているのです。「ジェンダー・クリティカル」集団のなかで、このような右翼が組み立てた筋書きがすすんでシェアされ、促進されていることには、強く警戒するべきです。
訳注
[訳注①] 同様のメカニズムについてサラ・アーメッドは、「信念を裏付ける証拠を求める欲望が、挑発や威嚇を通じて、証拠を作り出す方向へと向かう」という主旨の分析を提示しています。
[訳注②] 「ジェンダー・クリティカル」という自称は、「TERF(Trans Exclusionary Radical Feminist。トランス排除的なラディカル・フェミニスト)」という他称を(シスジェンダーの)女性を差別者扱いする蔑称として拒否しようとするなかで、編み出されたものです。「ジェンダー・クリティカル」については、主に扱われているのはイギリスにおける動向ではありますが、Sociological Review誌が2020年に企画したテーマ論集「TERF Wars」の巻頭に寄せられたイントロダクションにおける整理がまとまっています。
[訳注③]アメリカ西海岸南部に位置するカリフォルニア州ロサンゼルス市には、リトル・トーキョーやチャイナ・タウン、ヒストリック・フィリピーノ・タウンやコリアン・タウンなど、アジア系移民たちが集住する街区が点在する一帯があります。今回の事件の舞台となった韓国式スパ(韓国式のサウナを主体にした温浴施設)「Wi Spa」は、コリアン・タウンの東の外れに立地しています。Wi Spaのエントランスは、建物南側にある大きな駐車場に面しています。建物の北面は、ロサンゼルス市から海沿いのサンタモニカ市までの東西を結ぶウィルシャー大通り(Wilshire Boulevard)に面しており、南北に走る通りを挟んで東向かいには、ロサンゼルス市住宅公社のビルが建っています。Googleマップ上の位置関係はここから確認できます。
[訳注④] 2000年に、イギリスの母親をメインターゲットとして、子育て情報に特化して設立された掲示板サイト。設立以降、同サイトはユーザーの女性たちによる様々な政治的キャンペーンの組織化の舞台となってきたが、2016年以降は「フェミニズム掲示板」でトランスフォビックな投稿が急増し、2021年現在もトランスジェンダーをターゲットにしたヘイトスピーチや誤報の温床となっています。2018年12月時点までのMumsnetの動向についてはこちらの記事(英文)を参照のこと。
[訳注⑤] 「政治、ニュース、メディア、生活、アクティヴィズム、ジェンダー・クリティカルなラディカル・フェミニズムなどの話題が特色の、女性を中心としたコミュニティのためのプラットフォーム」を標榜して2020年7月30日に発足した、招待制の掲示板サイト。大手の掲示板サイトRedditにて、「ジェンダー・クリティカル」を標榜するコミュニティに参加していたユーザーたちが中心になって立ちあげました。Reddit上の「ジェンダー・クリティカル」コミュニティは、トランスジェンダーをターゲットにしたヘイトスピーチや誤報の温床として何年もの間放置されてきましたが、2020年にブラック・ライヴズ・マター運動の昂揚を受けて運営ポリシーでヘイトスピーチや誤報が禁じられるようになった結果、「ジェンダー・クリティカル」のコミュニティは6月29日に他の悪質なコミュニティとともに閉鎖されました。Ovaritは、Reddit上から削除されたコミュニティの代替物としてつくられたのです。Ovaritに限らず、大手のオンライン・プラットフォームの利用を禁じられた人びとが新たに専用のプラットフォームを立ちあげるケースは、珍しいものではありません。以上の経過については、Atlantic誌でテクノロジー関係の記事を多数執筆してきたケイトリン・ティファニー(Kaitlyn Tiffany)さんが、「ジェンダー・クリティカル」に特化した数々のプラットフォームの設立・運営に関わった当事者の女性への取材にもとづく記事(英文)を発表しています。
[訳注⑥]「婚期を過ぎた独身女性」の意を持つ単語を冠し、Twitterの代替プラットフォームを目指して2019年8月に発足したサービス。発足時には、Twitterでトランスジェンダーを標的としたヘイトスピーチや誤報をくり返して利用停止(ban)されたユーザーを排除しないというコンセプトが強調されています。Spinsterについては、訳注⑤で紹介したティファニーさんの記事にも言及があります。
[訳注⑦] ホワイトハウス襲撃事件について日本語で読めるオンライン記事のなかでも、事件を豊富な写真つきで報じた朝日新聞社の国際ニュースサイトの記事を示しておきます。
[訳注⑧] ソーシャル・メディア上で「ジェンダー・クリティカル」であることを示すための絵文字アイコンには、複数のバリエーションがあります。なかでもポピュラーなのは、①緑・白・紫というサフラジェット旗(イギリスの女性参政権運動のなかで使用された旗)と同じカラーリングのハートや四角形のアイコンを並べて提示してあるパターンと、②「sex(生物学的性別)」はふたつしかないことを示す意味の白黒の旗のアイコンを提示してあるパターンのふたつです。
[訳注⑨]警察による弾圧・監視や極右勢力からの攻撃・嫌がらせから身を守り対抗するなどの狙いで、黒ずくめの衣服で全身を包んで、場合によっては暴力も辞さない抗議活動に臨むという戦術のこと。いわゆる「アンティファ」の活動に身を投じる人たちにはこうした戦術を取る人びとが多いですが、「ブラック・ブロック」はあくまでも戦術の名称を指すものであって、「ブラック・ブロック」を集団とみなして「アンティファ」と同一視するのは不正確な理解です。
[訳注⑩] 本文中で「ジャーナリスト」として言及されているのは、ジュリー・ビンデル(Julie Bindel)。ビンデルは、2000年代なかばからトランスジェンダーに敵対的な記事を書くことで知られていたイギリスのジャーナリストで、現在も「ジェンダー・クリティカル」のオピニオン・リーダーとして知られるひとりです(英文)。
また、「オーガナイザー」として言及されているのは、イギリスの法廷弁護士のアリソン・ベイリー(Allison Bailey)です。ベイリーはビンデルと同じく、LGBTチャリティ団体Stonewallのトランスジェンダーの権利をサポートする立場に反対して2019年10月に立ちあげられた団体LGB Alliance(英文)の支持者として知られています。LGB Allianceは、前年2018年10月にはすでにオンライン署名プラットフォームの呼びかけ主体として登場していますが、2020年7月には有限責任会社として法人化、2021年4月にはイギリスのチャリティ委員会から公的チャリティ団体としての登録の承認を受ける(英文)など、活動の体制を整えてきました。