Michelle Snow. “How did Britain become so transphobic? A brief history of government lies, media profit and trans suffering.”(Pink News, 15 feb., 2021)
ミシェル・スノーは、トランスに関するニュースを批評するポッドキャスト「What the Trans!?」の共同創始者。
イギリスは現在、世界的なトランスフォビアの発信地になってしまっており、BBCやガーディアンのような国際的に信頼されているメディアからも反トランスの立場で書かれた記事が頻繁に出てくるほどです。なぜ、イギリスはこれほどまでにトランスフォビックになったのでしょうか。この記事でミシェル・スノーは、2015年の性別承認法(Gender Recognition Act; GRA)改革案をきっかけに始まったメディアによる反トランス・キャンペーンの歴史をまとめています。
(なお、このトピックについては【文献紹介】ソフィー・ルイス「英国フェミニズムはいかにして反トランスになったのか」および【文献紹介】サム・レヴィンほか「なぜ私たちはイギリスにおけるトランスライツに関するガーディアンの立場に反対するのか」も合わせてお読みください。)
2015年、英国議会はトランスジェンダーの平等についての多くの勧告を公表しました。その勧告には、GRAの改革のほかに、国民保健サービス(NHS)のジェンダー・アイデンティティ・サービスの改革、法的な性別変更ができる年齢の16歳への引き下げ、そしてノンバイナリーの人々の法的承認が含まれていました。
ところが、2016年に首相のテリーザ・メイが発表したのは、GRAを改革して、法的な性別の変更を自己宣告によっておこなうことができる仕組みを取り入れることを目指すということだけでした(現在、GRAの下で出生証明書の性別を変更するためには、法律や医療の専門家からなるパネルによって基準を満たしていることを判定されなければなりません)。政府は他のすべての勧告を無視しました。
2016年:メディアが「議論」を始める
2016年、メイ首相の発表を受けて、「タイムズ」紙が反トランス的なニュース・レポートやコラムを数日おきに刊行し始めました。
The Mail, The Telegraph, The Guardian, The Express, The Sun, The Spectator, The New StatesmanそしてBBC Newsといったイギリスメディアが、これに加わりました。そこでは、GRAの改革によって「シングルセックス・スペース」の女性が危険にさらされることが「ありうる」のだと報道されました。
こういった主張は、誤った前提に基づいています。性別によって分けられたスペースを利用するために、出生証明書が必要でしょうか。さらに言えば、自己宣告によって法的な性別を変更する制度は多くの国ですでに存在していますが、そのために性暴力が増えたという事実は全くないのです。
ところが、こうした論点はイギリスでの議論からは除かれました。トランスフォビアを売り込めば、真実よりも広告に注意を引き付けることができるからかもしれません。
2018年:政府は後退し、反トランス活動家がNHSに照準を合わせる
2018年にはメイ政権は後退しました。メイ政権はGRA改革について人々への意見聴取の手続き(パブリック・コンサルテーション)を行うことを発表しました。意見聴取は、メディアにトランスフォビアを毎日報道させる口実を与えました。
この年にイギリスメディアが発見したターゲットが、NHSで唯一若年者を対象としたジェンダー・アイデンティティ・クリニックであるジェンダー・アイデンティティ・デベロップメント・サービス(GIDS)です。GIDSはタヴィストック・アンド・ポートマン・トラストにより運営されています。
GIDSで2004年から2007年までパートタイムの看護師として勤務していたのが、スーザン・エバンスです。それから10年以上経った2019年になって、エバンスはタヴィストックに対して裁判所の司法審査を申し立てるためのクラウドファンディングを募り始めました。GIDSは何年にも及ぶクライアントの順番待ちリストを抱えており、ここで性別移行のための医療を受けるにはとても長い時間がかかるのですが、エバンスはGIDSでは若年者が性別移行へと駆り立てられているのだと考えました。
エバンスが依頼した弁護士が、シンクレアス法律事務所のポール・コンラスです。コンラスは、LGBTインクルーシブな性教育の導入に反対する親たちの訴訟の代理人であり、多くの反トランスの人物や組織にも好まれており、中絶の権利を切り崩す訴訟にも関与した過去があります。
キャンペーンを始めて2,3か月後、エバンスは原告の役割をキーラ・ベルに交代させました。ベルは16歳のときにGIDSで第二次性徴抑制剤を処方されましたが、性別移行を巻き戻していました。ベルを売り込むことによって、トランスフォビアを繰り返しあおりながらメディアの注目を獲得することに成功しました。
2020年:すべてが頂点に達する
2020年4月には、女性・平等担当大臣のリズ・トラスが、GRA改革に関する三つの意向を示しました。一つ目は、「シングルセックス・スペースを守る」ことでした。次に、トランスジェンダーの人々の尊厳を尊重すると言う一方で「チェック・アンド・バランス」が必要だと述べ、三つ目の点として、若年者を医療に関する不可逆的な決定から守る必要があると発言しました。
このうち第一の点と第三の点は、GRA改革とは関係のないタヴィストックに対する訴訟やシングルセックス・スペースに言及するものです。このように、メディアのトランスフォビックな論理は明らかに、政府の政策にも影響を与えました。
9月には、GRA改革に関する2018年の意見聴取の結果が公表されました。意見の大多数は自己宣告と平等を支持していたにもかかわらず、トラスが改革の内容として発表したのは、手続きにかかる費用を減らすこと、オンラインで申請ができるようにすることだけでした。
このように、メディアが作り出したトランスフォビアに満ちたストーリーは、イギリスの人々の意志を覆すことに成功しました。
高等法院の決定
2020年12月、エバンス、コンラス、ベルの三人とタヴィストックの間で争われていた司法審査の決定が下されました。その結果、トランスジェンダーの若年者は第二次性徴抑制剤を手に入れるために裁判所に申立てをしなければならないことになりました。すでに抑制剤を手に入れていて治療を継続したいと思っている人も、同様です。
スノーは以下のように結論を下しています。
なぜイギリスがこれほどトランスフォビックなのか知りたいでしょうか。答えは明らかです。シスジェンダーの政治家は5年前、自分たちを進歩的に見せるためにトランスの人々を利用しましたが、トランスの問題に関わると不利になると見るなり逃げ出しました。シスジェンダーのジャーナリストは新しいモラル・パニックを作り出すためにトランスの問題を利用して、広告に目を向けさせました。シスジェンダーの反トランス活動家の勢力は増加し、スペクタクルを助長させました。メディアは過去にも同じことをやりました。80年代・90年代にはゲイの人々に対して、2000年代にはムスリムに対して、そしてずっと前から、移民に対して。以前のモラル・パニックとまったく同様に、メディアは政府の政策に影響をおよぼし、ヘイト団体と差別者に力を与えました(…)
イギリスメディアは今回もまた成功しました。トランスジェンダーの人々が、つけを払わされる番になったのです。