Samantha Schmidt, “Conservatives find unlikely ally in fighting transgender rights: Radical feminists”, (Washington Post, Feb 7, 2020).

サマンサ・シュミットは、ジェンダーや家族にかんする問題を中心に扱う米ワシントン・ポスト紙の記者。

記事の背景

2020年2月7日付のこの記事は、米国を拠点とするフェミニスト団体Women’s Liberation Front (通称WoLF [ウルフ]) が、保守派と連携し、トランス・ライツに反対の立場で活発に動いていることを伝えるものです。

WoLF会員の多くはレズビアンで、同団体は中絶の権利を支持し女性に対する暴力に反対することを目的としています。ところが、このフェミニスト団体は、自分たちの存在理由そのものに対立するような、反中絶や反LGBTの主張をしてきた保守派の組織と、反トランス・ライツの連合を組んでいます。WoLFが連合を組んでいるその同じ保守派を支持基盤とする共和党のトランプ政権は、LGBTの権利を制度的に切り下げる政策を多方面にわたって施行してきました [1] 。この記事は、これまで非主流派としてほぼ一蹴されてきた比較的小さなフェミニスト・グループと、現政権に非常に強い影響力をもつ保守派が、協同で展開する反トランス運動の現状を報じるものです。

なお記事が発表された2020年初頭までに全米各地の州議会でトランスジェンダーの医療を制限する法案が相次いで提出されていました。


トランスジェンダーの権利に対抗する保守派の意外な味方:ラディカル・フェミニスト

サマンサ・シュミット

この記事でシュミットは、2010年代後半以降のアメリカ合衆国での反トランス・ライツ運動におけるラディカル・フェミニスト団体Women’s Liberation Front (WoLF) と保守派組織の連携事例を挙げ、そうした協力関係の含意を分析しています。またトランス排除派ラディカル・フェミニストたちが自らを被害者として位置づける戦略を記述しています。

事例として最初に挙げられているのは、サウス・ダコタ州の州議会での審議にWoLF幹部らがかかわっているというものです。これは、トランスジェンダーの子どもたちへの医療介入を禁止する法案の審議でした [2]。共和党の政治家たちは、トランス・ライツにかんする問題のなかでもトランスジェンダーである子どもたちに影響のある事項を、2020年選挙戦の重要な争点にしてきました。WoLF幹部のラディカル・フェミニストたちは、こうした政治家たちのメッセージを支え、二極化する社会の議論において反トランス・ライツの主張に党派を超えた支持があるという認識を作り出していると、シュミットは言います。

WoLFは、1970年代の第二波フェミニズムから続くトランス・ライツに対立するラディカル・フェミニズムの系譜にあり、近年その活動はトランスの権利運動とたたかうことに極度に集中しています。2014年に設立され現在700人ほどの会員を有するというWoLFが、保守派諸団体と連携し始めたのは2016年にオバマ政権が教育修正法第9編 (Title IX) を適用し学校内でトランスジェンダーである児童・生徒・学生を保護するとしたガイドラインを発表した後です [2] 。 WoLFはこれに対し司法省を相手に訴訟を起こし、訴訟費用として1万5千ドルの助成金を、反中絶や同性愛の再犯罪化を目指すキリスト教保守派団体「自由を守る連盟」 (Alliance Defending Freedom、旧名称Alliance Defense Freedom) から受け取っています。その後WoLFはバージニア州の高校生が自身のジェンダー・アイデンティティに合致したトイレを使用する権利に反対する法廷助言書を、連邦最高裁判所に提出しています [3] 。また職場での性別による差別を禁止する1964年公民権法の条項がトランスジェンダーの人たちには適用されないとする助言書も同様に提出しています [4] 。

そしてWoLF幹部たちは、右派に大変人気のあるニュース番組「タッカー・カールソン・トゥナイト」に頻繁に出演したり、キリスト教原理主義のロビー団体ファミリー・ポリシー・アライアンス (Family Policy Alliance) の動画コンテンツに出演したりしてきました。またトランプ政権に絶大な影響力をもつ保守系シンクタンクのヘリテージ財団 (Heritage Foundation) 主催のイベントに登壇したりもしています。そしてこのイベントこそが、WoLF幹部たちがサウス・ダコタ州議会の公聴会で意見を述べることになった、そのきっかけでした。

このような活動から、ナンシー・ウィター (Nancy Whittier) が言うように、WoLFには「右派と完全に目的を一にして連合を組むのだという意志的なところ」があるように見えます。またこうしたラディカル・フェミニストと右派との協力関係について、米国自由人権協会 (ACLU) のリア・タバコ・マー (Ria Tabacco Mar) は、革新派だけでなくLGBTQコミュニティの分断をもくろむ「偽りの連合」と批判しています。「あの人たちに影響力があるのはそこです。つまり、フェミニストのマントをかぶって、フェミニストというラベルを反トランスの立場に装着し、[これはフェミニストが言っているのだという] 偽の主張をするわけです。」「これは、党の境界を超える原理ではなく、排除の原理です。」

しかしWoLFのメンバーたちは、自分たちこそが排除されており、「キャンセル・カルチャー」の被害者であると主張します。そしてこれがWoLFのブランドの一部にすらなっているとシュミットは指摘します。WoLFを研究対象としてきたヘロン・グリーンスミス (Heron Greenesmith) は、「世界中でも最大の、最も資金に恵まれた法律の専門家組織に支えられているという事実にもかかわらず」、この「苦難と口封じの位置を取ること」が、窮地に陥れられた左派の分派集団であるというWoLFのイメージを強調する戦略だと言います。

記事にあるように、LGBTQのなかでも、トランスジェンダーの人たち、とりわけ有色のトランス女性たちは、米国で最も周縁化されたコミュニティです。全米最大のLGBT組織であるヒューマン・ライツ・キャンペーンによれば、2019年に殺されたトランスジェンダー、あるいはジェンダー非順応の人たちは少なくとも26人いて、米国医師会が、この暴力のパターンが「流行している」というほどです。ところが、WoLFに言わせると、自分たちの方が革新系の運動から攻撃の対象にされているということになるのです。

[1] トランプ政権によるLGBT権利の「後退」事例についてはこちらがまとまっています。 (2019/11/22) https://projects.propublica.org/graphics/lgbtq-rights-rollback

[2] その後当該法案 HB 1057は不成立。(2020/2/11) https://www.them.us/story/south-dakota-hb-1057-is-dead

[2] Title IXについてはこちらの記事が参考になります。 “「性暴力を禁止する法律を育てていく」/あらゆる性差別を禁じる“Title IX”のコーディネーターに聞く、アメリカの今” (山口智美) 2017/2/23 https://wezz-y.com/archives/42171

[3] 2020年8月に第四巡回区控訴裁判所は原告の権利を認める判決を下しました。 (2020/8/27) https://www.aclu.org/news/lgbt-rights/4-quotes-from-gavin-grimms-latest-victory/

[4] 2020年6月に連邦最高裁はWoLFの主張と逆の、性別による差別禁止はトランスジェンダーの人たちにも適用されるとの判断を下しています。 (2020/6/15) https://www.npr.org/2020/06/15/863498848/supreme-court-delivers-major-victory-to-lgbtq-employees

広告